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サーキット2+体幹+ラン20分(171Kcal、2.50Km)。無粋な邪魔で途中切り上げ。読み物はNYTimesからCovering an Artist With Unconventional Materials: Strict Rules and Time 檻の中で1年間過ごすといったパフォーマンスを実践してきた謝德慶が、保存していた素材を使ってこの10月から回顧展を開いている。その準備過程の取材を通じて意味や価値を探る
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シャネルNEXUS「Synthetic Natures もつれあう世界」に行ってきた。深海の世界とか湧昇現象とか遺伝子情報などをAIを使ってデジタルアート化する。それなりに面白いが動的生成過程ではなくて出来上がったものをビデオ化して流すだけのは物足りない。さらにポーラ・アネックス「Slow Glass ― The Mirror, the Window, and the Door」は窓や鏡や扉に写真乳剤を塗布し直接焼き付けるという鈴木のぞみの個展で、鏡に映る背面のインスタレーションと鏡面にある写真像と多重化して鑑賞してみるなど。あぁそうか、TOPで見た磨りガラスの窓を通した写真の作家さんだ
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アーティゾン「ジャム・セッション 山城知佳子×志賀理江子 漂着」に行ってきた。沖縄、パラオ、東京大空襲の記憶を映像インスタレーションにするというのと東日本大震災以後の物語を写真ベースの巨大インスタレーションにしたもの。力作ではあるが苦手で早々に退却。コレクション選の安井曾太郎コーナーも興味なく結局ザオ・ウーキーではあんまりなのであとはデ・クーニングというところか
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ギャルリーためなが「はじまり展」に行ってきた。骨董通り開廊記念ということで根津からちょっと足を伸ばして。吉川民仁、大竹寛子、中比良真子などけっこう惹かれるものがあったが、美術館と違ってみな値札付きでその格付けと受ける印象(好感度)のギャップが面白かった。帰りは渋谷まで歩く
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根津美術館「焼き締め陶」展に行ってきた。期待していた“現代作家3名による焼き締め作品を展観”というのはごく限定された期間にイベント的に行なわれるものらしく、今日は普通だったので拍子抜け。そんなわけで最初はさっさと歩いてすぐ帰りそうになったが、とりあえず庭園を散歩して再挑戦し、味わい直す。信楽がなかなか良い。ポスターにも使われている備前・緋襷鶴首花入はさすが見る価値あり。自然釉というのは初めて知った。これはこれでよし
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シャリー・ティシュマン/北垣憲仁+新藤浩伸 訳「スロー・ルッキング」を読んだ。ゆっくりじっくり見るということの実践的教育論は最初はあまり興味をそそられずむしろファストリーディングする始末。が、第5章の博物館でのVTS(視覚思考システム)やそこにおける情報の役割の議論、第7章科学での観察(Curatio)と解説(Scholia)の役割、第8章複雑さでの観察者と対象の関わり方(F.ウィルソンのメタルワーク、MoMAの診療のアートなど)は興味深い。第2章でもあらかじめ重要なことは決められないので何でも書き留めるオープンインベントリーなど、あちこちに有益なものが散らばってはいる。全体としては結局速読だったのだが
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サーキット2+体幹+ラン30分(256Kcal、3.85Km)。読み物はTheAtlanticからCoffee Is in Trouble アメリカで水以外では最も飲まれるコーヒーの値段が昨年の4割増、種類によっては倍になっている。トランプの関税のせいもあるが、機械化が困難な労働搾取型農産物である上に気候変動の影響などでもともと価格が上昇していた。1杯11ドルというのは法外だがコストを考えればそれでもまだ
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平野啓一郎「文学は何の役に立つのか?」を読んだ。文学という切り口では大江健三郎、ドナルド・キーン、瀬戸内寂聴、古井由吉との直接の交流から三島由紀夫、森鴎外、安部公房、ハン・ガン、ドストエフスキーまで。さらにゲルハルト・リヒターやヴァロットンの絵画論、「オッペンハイマー」とクリストファー・ノーランと幅広くとり上げた芸術論で、根底にある個人(individual)に対する分人(dividual)概念とか、反自己責任論などが一貫している。短文も多く退屈するかなと危惧したが全くそんなことはなかった。役立つかどうかということとはあまり直結しないが、「セキュリティの共和国」とはまた異なる角度で文学を眺めることができた
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サーキット2+体幹+ラン30分(293Kcal、4.12Km)。読み物はNYTimesからWhite House Disapproves of Machado’s Nobel, but Rubio Has Been a Big Supporter 今年のノーベル平和賞はベネズエラのマドゥロ政権に対する反政府活動家マリア・コリナ・マチャドに贈られる。トランプはこの賞を熱望していたが政権のルビオ国務長官はかねてからマチャドを支持してきた経緯があり、妙な位置づけになっている。しかし別報によればマチャドはトランプに電話して「この賞はあなたにこそふさわしい」と述べたというからさらに一枚上手だ
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新田啓子「セキュリティの共和国」を読んだ。軍事外交の話ではなく、安全保障政策の要因としての「戦略文化」を、アメリカ文学の中から読み取っていこうという試み。4部構成で入植から独立期の武装論理、新旧世界、奴隷制、テロリズムといった概念について整理したうえで、それらの背景がポー、メルヴィル、トウェイン、ヘンリー・ジェイムズらの作品にどのように表れているかを探る。概念部分の比重が大きくやや辛抱が必要なところもあるが、これは力作
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サーキット2+体幹+ラン30分(287Kcal、4.07Km)。読み物はNYTimesからSaul Zabar, Smoked Fish Czar of Upper West Side, Dies at 97 ゼイバーズのご主人は70年以上も店を率いておられたとのこと。当時はコーヒーを買ったこと位しか覚えていないが、80丁目のランドマークだったな
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永井荷風「江戸芸術論」を読んだ。「浮世絵の鑑賞」という総論を出発点に、春信、北斎、歌麿に焦点を合わせつつ欧米人の視点、“山水画と江戸名所”や“江戸演劇”といった素材論、衰頽期の作家論と浮世絵論が並び、最後に狂歌と江戸演劇を論じる。失われつつあった江戸文化への郷愁というのもあるが、鋭い観察に裏打ちされた説明はさすがの切れ味。ここで取り上げられる作品をDAと関連付けてみたい
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サーキット2+体幹+ラン30分(287Kcal、4.09Km)。読み物はNYTimesからOpenAI’s Sora Video App Is Jaw-Dropping (for Better and Worse) 先日提供が始まったSora2はプロンプトを与えるだけで驚くほどリアルな動画を生成する。画期的ではあるがフェイク乱発や著作権侵害などが懸念される
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松濤美術館「井上有一の書と戦後グラフィックデザイン」展に行ってきた。具体美術協会周辺とつながる抽象から《愚徹》、そして『花の書帖』を経て《貧》そしてグラフィックデザインとの融合へ。PARCOや西武百貨店のポスターは目にしていたと思うが、こうして改めて見ると見事な調和だ。単なる前衛書展よりずっと立体的になっていて味わい深い。図録の言葉によれば、こうした文字の姿は工夫を重ねて行き詰まったときに底が抜けて現れてくるのだという
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東都美「つくるよろこび 生きるためのDIY」展に行ってきた。タイトルに惹かれずスルーのつもりだったがゴッホ展をさっさと切り上げて時間があったので。が、これはとても良かった。最初の若木くるみの版画はガジェットぽく並のがDIYなのかねと思いながら進むと《さいごの版さん》でおい待てとなり改めて丁寧に見直して身の回りの実にさまざまな素材から版画を作り出す遊び心に魅了される。ハンガーで北斎の穴富士とか。ダンヒル&オブライエンは最初うしろから見ていたため訳わからずだったが会場の係の人が隣の久村卓作品とあわせ親切丁寧に説明してくださり面白さを見出す(何と担当学芸員さんだったらしい)。体験型DIYステーションもさっと見て通り過ぎそうになったらファシリテータさんがまた丁寧に案内してくださり楽しめた。たいへん満足
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東都美「ゴッホ展」に行ってきた。“家族がつないだ~”云々の副題からして期待できないだろうとは思っていたが、まぁ案の定で見るべきものは僅か。それでもさすがに自画像のタッチを間近で見られたのは良かった。あとは1886年以降の《グラジオラスとエゾギクを生けた花瓶》《耕された畑》《農家》あたりしっかり描かれているが、これ完成してるの?と思うようなものも。そして今どきのイマーシブ映像ですか
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サーキット2+体幹+ラン30分(286Kcal、4.09Km)。読み物はTheAtlanticからThe Commander in Chief Is Not Okay 世界中から米軍将校が招集され、ヘグセスの「太った将校は許さない」という演説を聞かされた後にトランプが登場。いつもの調子でデマや陰謀論を延々と繰り返したが、支持者の集会と違って拍手の反応がない聴衆に混乱し、正気を失った罵詈雑言を並べ立てる。米国の文民統制のあらゆる基準に反するこのような最高司令官に、命令を疑問視せず実行するよう訓練されている軍人はどう対応すればよいのか
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フランク・ロイド・ライト/上杉隼人 編訳「浮世絵のみかた」を読んだ。最初の方、浮世絵は幾何学で構造があり陰影など用いず平坦な色使いのところが効果的、といったあたりはふむふむだったが、具体例なく概念を並べて西洋画と比較し持ちあげるのでだんだん退屈になり、本人の浮世絵/日本文化愛ばかりが目立つ。2ページ毎に見開きでカラー図版を用い豪華なのだが本文とつながりがなく読みにくいだけ。浮世絵コレクター物語としてはそれなりに興味深いところもあるが
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フアン・マヌエル・マレロの「絵画のための四重奏曲」を、クアルテト・オルナティの演奏で。打楽器のように細かく叩く(何を?)導入からスルポン、グリッサンドと動き回る得体の知れぬ2部構成。「不可能の究極の魅力」もうねうねしたグリッサンドから動きが細かく激しくなっていく。「白い羽根の儚い物語」は細い線の旋律がゆっくり動く余白にポツリポツリと点描が。「2つのアメリカ弦楽四重奏曲」は単純な低音モチーフの周りで徐々に展開していくシャコンヌみたいな禁欲的な2曲。NEOS Music NEOS12309 #nml
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厄介な問題とほぼ半日格闘してなんとか間に合わせた。これだけ手こずったのは久々な気がする。クールダウンしないと
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練馬美「身体で感じる緑とアート展」に行ってきた。館内展示だけでなく周囲の公園や街ともつながるというコンセプトで、中村萌のInside Usがあちこちに置かれたり、白井晴幸のPanoramaが動画に加えて野外ポスターや壁になったり、渡辺泰幸+さよのインスタレーションに公園で触れることができたり。展示室は廣瀬智央のミントを駆使した《クールダウン練馬》、ガラス壁をステンドグラスのようにする山口啓介の《散華楽》。小規模だけれども気持ちの良い試み。新美術館は延期というのでこの先の状況は複雑だが、こういうフットワーク軽い企画で頑張ってほしい
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須藤功「山と獣」を読んだ。三信遠(三河、信濃、遠江)から始まって北海道から沖縄までの伝承と祭りを、焼畑と稲作、その実りそしてそこに現れる獣との関わりを踏まえて、写真とともに記録する。これを逃したらもう失くなってしまったのではと思われるような民俗が克明に記されていて、それぞれはほぼ淡々とした報告なのだが、こうやって全国の事例が重ねられると幻想的ともいうべき力が漂う
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ディディエ・ロテラの「カタルシス」を、アンサンブル・リンクスの演奏で。2Pf+2打+ライブエレクトロニクスで低音ノイズがどろどろうねって破裂するテーマから微分音調律(?)のようなPfが動き回ったりする概ね緩急緩の5つの変奏。「フレグランス」はギシギシとしたSQがかなり攻撃的に行き交う2章。「モガリ(殯)」はFl+Sax+Pf+打+ライブE、崇り、魂の想起、挽歌、遊ぶ、盾伏しといったタイトルで静から混沌まで変化する5章。Kairos 0022044KAI #nml
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サーキット2+体幹+ラン30分(283Kcal、4.06Km)。読み物はNewYorkerからThe A.I. Bubble Is Coming for Your Browser 金鉱を掘り当てるよりそれを目指す人々にツルハシやシャベルを売った方が儲けやすいという格言があるが、人工知能はまさにこのツルハシやシャベルの段階にある。つまりAGIを目指すより、GPUやデータセンターや訓練済みモデルへの投資を競っており、真の金脈はまだ見つかっていない。AIを組み込んだブラウザDiaを巡る買収もそのひとつだ
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KUSO弦の集い。40年ぶりというのもあるが各々新しいことをやっていてよい
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東現美「日常のコレオ」に行ってきた。やや苦手な社会派タイプが並んで前半は駆け足になったが、その分CAMP《ボンベイは傾く》やジョナタス・デ・アンドラーデ《導かれたゲーム》といった映像やシルパ・グプタのサウンドインスタレーションをゆっくり鑑賞した。コレクション展は基本的に前回と同じだが、いくつか後半で展示替えがあり、淺井裕介の泥絵《素足の大地》の別バージョン(組み替え版)など
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森美術館「藤本壮介の建築:原初・未来・森」に行ってきた。空間をいっぱいに使ってさまざまな模型を展示する《思考の森》では武蔵美の図書館があったり、大屋根リングの模型に意味を改めて考えたり、仙台の複合施設案は夢が広がり未来都市には発送を刺激される。質量ともに充実。関係ないがその前に偶然入った北欧料理Lilla Dalarnaもなかなかよかった
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西村朗トリビュート・コンサートをオペラシティで。最初の3ギター「ピパ」はバランスも歯切れもよいがやや単調。十七絃箏+打「覡」はとても生き生きとしている。12Vcの「マナⅠ」は壮観で少し感動。Vc独奏「悲歌」は切々としているがやや重苦しい。SQ「七つの断片と影」は多彩で演奏も見事。6打「ケチャ」は若いエネルギーに涙が出そうになる。奏者の顔ぶれも豪華、沼野に加えて池辺晋一郎までトークがあり、まさに“賛辞”にふさわしい充実した演奏会であった
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サーキット2+体幹+ラン20分(157Kcal、2.52Km)。読み物はNYTimesからWorld Leaders Recognize Palestinian State, in a Challenge to U.S. and Israelb 国連総会でついに英仏も加わって150ほどの国がパレスチナを承認したにもかかわらずイスラエルは対抗措置を取ると反発しアメリカも反対したまま。総会では147の多数で2国家共存に向けたニューヨーク宣言も採択されたがどうすれば実を結ぶのか
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馬場法子の「ボンボリ」を、アンサンブル・ケーンの演奏で。Fl+Cl+Va+Vc+Guitがひっかくようなグリッサンドや打的な音の緩急で闇にぼんやり浮かび上がる灯りを描く。「非カノン風変奏曲」は-GuitでBWV769の主題(たぶん)が溶けて崩れていく。「音楽の動物図鑑」は逆に+Pf+打でヘビ、カオジロガン、カッコウ、竜の生態らしい。「潮騒」はVn+Vc+Pfで流れ星のような下降グリッサンドから最低音反復の上の喧騒へ。「陶磁の(主人)東屋」はSopを加えマーラーのパロディ的変奏。「9600」はSQで銀河鉄道の夜に、「愛の歌の前」はVc独奏がアポリネールの詩で遊ぶ。どれも特殊奏法の尖った音でユーモアたっぷり。Kairos 0022033KAI #nml
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