M_YAN
【拡散希望】台湾の金魚工房にサークル乗っ取りをされ続けて、もう1年半、それを指摘せず我慢していた期間を含めれば、2年半が経過します。日本へ私のアイディアである作品まで持ち込むと言い出すまで、乗っ取りの宣言は我慢しておりました。乗っ取りで分かれてもキンギョ氏の最初の宣言に、日本に武術扇子タイプを持ち込むというのはありませんでした。私のアイディアは扇子のタペストリーもです。一方的な条件でもなかった日本持ち込みをされそうだったので2012年頃の最初の約束を取り消して、台湾でも頒布を止めて欲しいとなるしかなかったわけです。全て、私の本意ではありません。
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今日は「過去他只曾在東方火紅時期來台,因與某位合作過的作家交惡後,已超過八年沒來過台灣」「一直以來只有選角、採購與在日本擺攤販售的部分由他負責,其他所有雜務及台灣的販售則由我一人包辦」「一直以來只有選角、採購與在日本擺攤販售的部分由他負責」の部分について、反論して行きたいと思います。
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「過去他只曾在東方火紅時期來台,因與某位合作過的作家交惡後,已超過八年沒來過台灣」→この発言は他の発言と繋がり、反論が長文となります。前半は「この発言に対して4年間の東方作家とのことと、別の売り上げが上がっているその後の3年半をごちゃまぜにしていること」について主張し、後半として「この金魚氏の八年という主張が私の八年の無貢献があるように嘘の印象付けをした上で、別の他のキンギョ氏の捏造案件に説得力を与えている事態」を主張しないとならない為です。この部分ですが、「作家」の一言で済ませていますが、「東方時代の台湾作家」「金魚氏がその後、とても大きな別の台湾サークルの代理作業を日本で私に3年半させていて、
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そこから大きな額の収入を得ていた」という事実を消滅させてしまっています。自分の都合の良いように「私が台湾に行かないことを悪事だ」と、すり替え「だけ」発生させています。

また、この東方時代の作家と関係が悪化した理由として「金魚氏のサークルクラッシャー的な双方への告げ口活動と、大事なことを相手に説明していない為の双方を勘違いさせる行動」がございます。
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私の主張が「日本に無修正を持ち込むな」「日本か台湾どちらかのサークル名を変えろ」という内容でした。ですが東方時代の台湾作家が、そもそも前提である「販売範囲で違う法律が適応されているので、考えて欲しい」という話題を理解しておらず、日本で私が販売するものとして無修正の抱き枕カバーを送付して来てしまいました。ですので、キンギョ氏が説明してあるはずの部分を説明しないで、日本に送られてしまったことから説明していくと、なぜか、「私が無修正を完全に台湾でも止めろと言っていると捉えられた」という事態に発展しました。(そもそも、台湾ででも無修正を販売することは、適法ではなく、禁止する法律がないだけなんだよね?禁止される国に輸出することは犯罪だよね?と、聞いたところで、私が止めろと言っている、と、受け取られる展開でした。)
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そして繰り返しますと、キンギョ氏が、私が来ないと言っている期間の中の3年半は、台湾の別のとても大きな作家の日本での活動を一手に行わせておりました。そこからかなりの儲けを受け取っておきながら、この作家の売り上げが消費税納税レベルに到達しかけて、税金の話が始まるやいなや、問題が発生したわけです。「税金について、日本側の作家が責任を取るようにという約束を説明していなかった」という事実と「キンギョ氏自身の脱税と責任を取らないというスタンスの問題」がこの段階で出て来て、そのまま4年間未対応なのです。
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この3年半の期間については、私のほうが全体の売り上げについての貢献度は上となります。そして、この三年半の終わりというのは私の母の亡くなるまでの闘病期間とその後の半年の相続作業の期間が含まれており、私の人生は同人と母の世話のみだったと言えます。キンギョ氏はこの異常な期間を「ただ台湾に来なかった」と脚色していまえるような非道な人間だということです。そして、別のところで述べて来たように、この時期と重なって続いていくの2年半というのは、この大きなサークルが脱税疑惑を起こしたのにキンギョ氏が対応しなかった1年を含み、キンギョ氏自身も脱税していたことが分かってから、後述の作業分担の部分にも大きなすり替えを生み出しています。
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私の母の闘病生活に入る前「武術扇子に関わる部分」で、「デザイン業務は、金魚氏にしか出来ない、元ファイルを金魚氏しかもっていない為」でした。そこから母の闘病と、大きな台湾作家の日本参加に関連する部分が始まった為、そこもキンギョ氏がデザイン業務を受け持ちます。しかし、金魚氏は、この大きな作家や他の作家自身にデザイン業務を押し付けたり、私にやっと元ファイルの一つ目私、二つ目は渡していない→二つ目を最後の最後で渡してもフォントは渡していないのに、出来なくさせておいて、私がデザインの出来ない人間と言い放ちます。金魚氏は「5年以上の時間で、複数の事実をごちゃまぜにして、その中の「一部を私がしていない」だけなのに「ひとつもしていないと捏造する」という人間なのです。
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この八年という時間は只の時間で、繰り返し持ち出して良いことではなく、ジャンル選択の話以外には一切かかわりがないのです。

金魚氏は、他の案件を正当化する為に、これを繰り返し持ち出し、別の案件と同じ文章に入れて来ます。この八年の間に、私は日本で、サークルのメイン活動以外で大きな売り上げを上げているわけです。この含まれる3年半での貢献度は私のほうがずっと上です。これ以前の時間でも、別の台湾東方作家の日本代理で貢献度は綺麗に半分づつです。
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そこからの報酬はイラストを貰うというもので、これに不満なキンギョ氏に従って、次の三年半の作家からはお金を貰っていて、税金問題に繋がるという複雑な状況でした。私と金魚氏の活動は乗っ取られたサークルの活動の他に、協力作家の日本代理という部分がとても大きくそれ自体金魚氏が潰したという事実と私の公権を、キンギョ氏が全て隠してしまうのです。
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「一直以來只有選角、採購與在日本擺攤販售的部分由他負責,其他所有雜務及台灣的販售則由我一人包辦」と「一直以來只有選角、採購與在日本擺攤販售的部分由他負責」という部分についてです。ここも、金魚氏が「自分が脱税問題を起こして、生産数を減らされた時→日本と台湾の生産数を、キンギョ氏が提示した最低安定数の半分ずつにペナルティを減らして着地した時の計二回を、まるでペナルティがなかったようにペナルティの数まで下がり続けたように発言している」のと「生産数を日本側が常に多く持っていて、それが貢献だったことを隠してしまう」
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更に「生産調整の見返りに、台湾版のみを認めて、その売り上げを全てキンギョ氏が懐に収めているので、台湾での活動の貢献度のうち多くは、完全にキンギョ氏自身の為のもので、そこでの私の貢献度を持ち出すこと自体が間違っている。独立したならば、キンギョ氏は止めて最初から始めなくてはいけない事実しか存在していない。」という三つの事態をごちゃまぜにしているのです。
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この状況から、私が貢献度が低い(どこで?)とすり替えてしまうという、完全な詐欺です。まず、最初に、金魚氏が武術扇子の生産方法を確立する部分です。ここをまず立ち上げ期としましょう。ここで、当時、中国に居た金魚氏の親族の協力があったり、キンギョ氏自体が向かってクオリティチェックを行ってレベルを上げたり、国際電話して調整したりと大活躍でした。これに対し、私は生産が安定するように各1200本という巨大な生産量を第3弾まで受け持っていました。
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全て頒布することで、生産の安定に努めます。第4弾にて、キンギョ氏が見返りに台湾版を求めた際の生産数も700本です。この時には既に販売可能数の陰りがあり、私が700本を受け持つのはサービスのようなものです。金魚氏はここで、不良品を台湾側が受け持ち、個別修正にて頒布したことをことさらに強調します。
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その後も私は、常に400本の生産量をキープし、最後の段階でも200本の生産量をキープしました。ここの時点で、金魚氏自身から、日本台湾、双方の合計で200本あれば、コスト的に問題ないと発言しています。
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この後、金魚氏の脱税問題が発生し、挙句それに対する対応を拒み続けて1か月経った為、1回だけ日本側32本のペナルティを課しました。その後も、彼は自分での対応をしなくなった為、ここで初めて彼の側の生産数を聴いたのです。そこで「100本」となりましたので、私の側もペナルティ継続の意味も含めて「100本」という案件を一回挟み、以降はやはり私の側も貢献がなくてはならないと「200本」としました。
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でわ、最終的に金魚氏が私の生産数が少なくなったと「だけ」言うのはなぜでしょうか。キンギョ氏は、日本市場を乗っ取りたかっただけなのです。自分の選んだジャンルで日本と台湾の市場を独占したいだけなのです。実際に、勝手に独立して、武術扇子ではない小さな扇子で日本に乗り込んだ後、1年後に武術扇子を日本に持ち込むと言い出しました。最後にまとめます。
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私の貢献は、生産数と企画、その他に前述の作家代理がありました。金魚氏自身のせいで、作家代理が終わった後、金魚氏は代理が終わった理由を私のせいにしつつ、いつのまにか自分が日本のサークルの構成員でしかないことを忘れ、日本市場を欲して、乗っ取りを始めただけの人間なのです。「そもそも、金魚氏は私のサークルの台湾部門の責任を持って貢献していたのではない。自分の儲けの為に私のサークルの一員となり、台湾の活動をして台湾部分の儲けは全て自分のものとしていた。これは、お互いの儲けを分配していたわけではないので、責任を負ったことを功績のように言うことはおかしい。」となります。

「独立した際に、彼がなにかの権利を主張することは、乗っ取り以外のなんでもない」のです。
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